工藤公康・嫁と子供の名前は?選手との確執?年俸の推移について

福岡ソフトバンクホークスの第20代監督、工藤公康(くどうきみやす)さん。

今回は、そんな工藤監督のお嫁さんや年俸、そして文春で報道された「選手との確執」について迫ります。

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■お嫁さんと子供の名前は?

工藤公康監督のお嫁さんの名前は、工藤雅子さん。

雅子さんは、栄養士のお仕事をしています。

工藤監督と同世代の方々は、家族の情報を公にされないことが多いのですが、工藤監督一家は、オープンですね(^o^)丿

子供は息子さん2人、娘さん3人の合計5人。

長女の工藤遥加(はるか)さんは、プロゴルファーとして活躍中。

長男の工藤阿須加(あすか)さんは、俳優として活躍しています。

工藤監督は、雅子さんと出会う前までは、酒・タバコ・暴飲暴食と不摂生が重なり、肝機能障害を患っていました。

しかし、栄養士のお嫁さんの助けがあり、体調不良を克服。

プロ野球選手として、長年活躍する礎を築きました。

5人のお子さんを育てるだけでも大変だと思うのですが、プロゴルファーや俳優へと育てあげる雅子さん。

栄養士として書籍も出版しており、とても有能な女性なのでしょう。

工藤公康監督の活躍は、このお嫁さんの力がとても大きいのではないでしょうか。

■工藤公康監督と選手との確執

2016年のシーズンは2位で終わったソフトバンク。

文春では、その理由として、工藤公康監督と選手との間で

「確執があったからではないか」

と報じました。

工藤公康監督の完璧主義が、裏目に出てしまっているのではないかと、個人的には推測します(>_<)

選手としてならば、個人のパフォーマンス能力が高ければ済みますが、監督としては、また別の能力が必要となって来るもの。

選手としてならば、技術面が突出していれば、乗り切れる問題も、指導者としての立場であればそうはいきません。

相手を思いやるというコミュニケーション面が優れていた方が、チームをうまくまとめることが出来るのではないでしょうか。

選手として才能があり、活躍していた工藤監督ですから、

自分が出来ていたことが、なぜ他の選手が出来ないのだろう

という気持ちがあるのだと思います。

工藤監督だけの問題ではないと思いますが、2017年のシーズンにはまた一皮向けた球団となっていることを期待しています。

■年俸の推移

選手として長年、活躍された工藤公康監督。

1981年のドラフトで、西武ライオンズに6位で入団します。

最初の年の年俸は480万円。

1986年に初の1000万円台となる1520万円。

1994年の西武ライオンズとして最後の年は、1億6000万円という年俸となります。

1995年から1999年までの福岡ダイエーホークス時代は、毎年1億5000万円台を前後しました。

2000年から2006年、読売ジャイアンツ時代は、毎年3億円弱の年俸。

そして、現在監督として、1億円の年俸となっています。

■まとめ

有能なお嫁さんを持ち、長年選手として活躍してきた工藤公康監督。

選手としてのパフォーマンスが高かった半面、監督業にまだ不慣れな面もあるのではないでしょうか。

2017シーズンの工藤監督の奮闘を期待しています(^o^)丿