岸田護・オリックス選手としての活躍は?お嫁さんと子供…謹慎とは?

オリックス・バファローズにて活躍中の岸田護(きしだまもる)選手。

オリックス選手会長もつとめたオリックスでの活躍ぶりはどうなのでしょうか?

また、お嫁さんや子供さんの話題と、謹慎処分を受けた高校時代の恩師にも迫っていきたいと思います。

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■岸田護選手のオリックス選手としての活躍

2005年秋の大学生・社会人ドラフトで、オリックス・バファローズから3巡目指名を受け入団した岸田護選手。

2006年5月30日の対中日ドラゴンズ戦がプロとしての初登板となりました。

2007年は1軍に定着しますが、2008年からは怪我に悩まされるシーズンが続きます。

2010年オフにはオリックス選手会長に就任。

2011年は岸田護選手初のオールスターゲームに監督推薦で選出されるなど活躍しました。

選手会長については、1年で鈴木郁洋選手に譲り、副会長に就任。

その後も怪我などに悩まされながらも、オリックス・バファローズで活躍を続けています。

■岸田護選手のお嫁さんと子供さん

2010年10月16日に一般女性の藤本真巳さんと婚姻届を提出し、入籍をした岸田護選手。

2人は、2008年に知人を介して知り合ったそうで、12月4日に挙式と披露宴を行いました。

真巳さんは、笑顔が素敵なスレンダー美人だそうです。

1年半の交際を経ての結婚でした。

高知県にいらっしゃる真巳さんのお父さんに挨拶へ行った際、

10勝しないと娘はやれない

との言葉に、2009年は自己最多の10勝をマークしました(*^^)v

プライベートでも、野球の時間もとても充実していたのではないでしょうか。

子供さんがいらっしゃるという情報は特にありませんでしたが、ご家族で仲良く過ごしていらっしゃることと思います。

■岸田護選手の高校野球監督の謹慎

2002年、「行き過ぎた指導」により謹慎処分を受けた履正社高等学校の岡田監督。

厳しく、激しく追い込むことで選手の力を引き出していました。

そのような岡田監督の厳しい指導が行われていた時期に、岸田投手は甲子園初出場を果たし、1年生にしてベンチ入り。

甲子園での登板はありませんでしたが、岡田監督に見込まれていたのではないでしょうか。

岡田監督が謹慎処分を受けるほどの指導をしていた

「徹底することの強さ」

が、岸田投手の基盤となっているのでしょう(^o^)丿

■まとめ

何度も怪我に見舞われながらもオリックス選手として活躍を続ける岸田護選手。

お嫁さんはいらっしゃいますが、子供さんの情報は特にありませんでした。

また謹慎処分を受けた岡田監督のもと、履正社高等学校でも活躍。

厳しい指導のもとで、耐えることを学び、地道に活躍を続けているのだと思います。