中田翔の【高校時代】ピッチャーなのにバットも振った?小遣いは?

日本ハムファイターズの中田翔(なかたしょう)選手。

侍ジャパンの主砲として、WBC(ワールドベースボールクラシック)を盛り上げてくれました。

そんな中田翔選手の高校時代を振り返ってみたいと思います。

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■中田翔選手・高校時代はピッチャーだったの?

大阪桐蔭高校へ進学した中田翔選手。

1年生の夏は、5番、1塁手でレギュラーを獲得しました。

もともとピッチャーとして大阪桐蔭高校に入学した中田選手は、ピッチャーとしても秋には151キロの球速を記録。

エースで5番を任されるようになりました。

2年生のときは、怪我の影響もありピッチャーは断念し、打者として活躍しました。

そして3年生では、再びピッチャーとして登板します。

しかしバッターとしての才能の方が大いに開花。

当時の高校通算本塁打の新記録となる87本を記録しました。\(^o^)/

■中田翔選手・高校時代はバットを振りまくった?

中田翔選手は、

勉強する時間があるなら練習をした方がいい!

と、とにかく練習熱心だったそうです。

集中力があり、スイッチが入ってしまうと、夜中までバットを振ることも多々あったとか。

それにしても大阪桐蔭高校出身の選手は、フルスイングする選手が多いような気がします。

中村剛也(西武ライオンズ)選手や、浅村栄斗(西武ライオンズ)選手など、豪快にバットを振りぬくスイングが魅力です。

しかし、大阪桐蔭高校の野球部では選手の自主性を重んじるため、スイング指導などはほとんど行わないそうです。

とにかくバットを振り切ることを指導していたのだとか。

確かに、

一発があるかも・・・

と思われるバッターは、対戦相手から嫌われますよね。(^▽^;)

■中田翔選手・高校時代の小遣いは?

日本ハムへの入団が決まった、高校3年生の中田翔選手。

年俸の1500万円から税金などもろもろを引いて12か月で割った金額、30万円が月のお小遣いだということを明かしました。

これはお母さまと相談をして決めた結果の金額だったのだとか。

しかし中田選手は

月、たった30万円ですよ!何も買えないですよ

と、ビッグな発言。(;゚Д゚)エエッツ!!

と思ったら、この金額ではお母さまへのプレゼントを買えない、という意味だったようです。

とっても心優しい高校生のお話でした。(#^^#)

■まとめ

高校時代は「平成の怪物」と言われ、数々の記録を残した中田翔選手。

二刀流でも活躍していたんですね。

今ではホームランバッターのイメージが強い中田翔選手。

野手変更は正解だったように思えます。

今シーズンはまだ始まったばかり。

三冠王を目指して頑張って欲しいです。(^O^)/