ジャイアンツ不動の正捕手だった阿部慎之助選手の後継者として、大いに期待されている小林誠司(こばやしせいじ)選手。
今回は、そんな小林選手の高校時代に迫っていきます!
■高校時代の試合中にキレる!?
小林選手と言えば、爽やかな笑顔と優しい雰囲気のイメージが強く、キレるところが全く想像がつきません。
広陵高校時代の中井監督も小林選手の事を、
「真面目で優しい」、「キャッチャーとしてピッチャーの気持ちを優先する事にひたすら徹していた」
と話しています。
そんな小林選手が、キレるなんてよっぽどの事があったのでしょう。
キレるというと言い過ぎかもしれませんが、小林選手が珍しく感情をあらわにした瞬間がありました。
小林選手が高校3年夏の甲子園・決勝戦の出来事です。
相手は、その年「がばい旋風」を巻き起こしていた佐賀北高校。
広陵高校が4点リードで迎えた8回裏1死満塁、カウント1-3から広陵高校のエース・野村祐輔投手が投げた低めギリギリの球が、
ボール!!!
の判定。
この判定に、普段はポーカーフェイスの野村選手も驚きの表情を浮かべ、小林選手はミットで地面を3度叩き悔しさを隠しきれませんでした。
試合の局面を大きく左右した一球だったため、高校野球ファンの間では誤審なのではと、騒ぎになりました。
結局、この1球をきっかけに広陵高校は逆転負けし、優勝を逃します。
日本中が注目する甲子園の決勝戦での出来事であり、あまりにも衝撃的な試合の結末だったっため、今でも語り継がれるほど記憶に残る試合となってしまいました。
■高校時代のあの誤審が大騒動に!?
先程お伝えしたように、審判の厳しい判定により、甲子園という大舞台で衝撃の敗戦を経験してしまった小林誠司選手。
普段から低めの球を得意としていた野村投手の渾身の一球を、小林選手は構えたところからほぼミットを動かさずに捕球しました。
しかし、主審の手は上がりません。
これをボールだと言われたら、どうしたら良いか分からない
と、小林選手も動揺を隠せなかったようです。
さらに試合後、広陵高校の中井監督が、
審判の判定がひどすぎる!
と、怒りをあらわにしたことで、この誤審騒動が大きくなってしまいました。
中井監督は、高野連から厳重注意を受けることになってしまいましたが、中井監督の発言を受けて、様々な報道番組がこの話題を取り上げました。
実は、その判定の時にバッターボックスに立っていた、佐賀北高校の井出和馬選手も
ストライクだと思った
とコメントしています。
世間の声を聴いてみると、やはりストライクと見ている人が圧倒的に多く、今でも小林選手の高校時代の話になると、この誤審の話は避けては通れません。
■高校時代に経験した甲子園で得たもの
高校時代の甲子園で悔しい思いをした小林誠司選手。
そして、誰よりも自分を責め、後悔していたのも小林選手でした。
しかし、
あの甲子園での敗戦がなければプロ野球選手になれていなかったかもしれない
と、小林選手は話しています。
高校1年の秋まで、ピッチャー兼遊撃手としてプレーしていた小林選手が、捕手に転向してからの努力は並大抵のものではありません。
さらに、甲子園での苦い経験が糧となり、プロ野球選手・小林誠司を誕生させたことは間違いありません。
■まとめ
高校入学時の小林誠司選手について、
「ぜんぜん目立たない子で、正直ほとんど覚えていない」
「あの子がプロ野球選手になるとは・・・」
と話す、広陵高校の中井監督。
そんな小林選手は、甲子園での悔しさが原動力となり、大学・社会人と一歩ずつプロへの道を辿ってきました。
現在、小林選手にかかる期待は非常に大きく、その分厳しい評価もあります。
それさえも原動力に変え、近い将来、阿部慎之助選手のように存在感のあるキャッチャーになって欲しいです!
コメント