荒木雅博の【高校時代】甲子園での成績や母校の通算記録とは?

先日2000本安打を達成し、日本中の野球ファンを沸かせた荒木雅博(あらきまさひろ)選手。

今回は、荒木選手の高校時代に迫っていきます!

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■高校時代の成績は?

荒木雅博選手は熊本工業高校の出身です。

長きに渡って甲子園の常連校であり、多くのプロ野球選手を輩出しています。

荒木選手の高校時代の成績はというと、2度春の選抜大会に出場していますが、いずれも2回戦までで敗退しています。

荒木選手自身も、甲子園でのヒットはなし。

目立った成績は残せていません。

また、その他の高校時代の成績ですが、詳しい成績が全く残っていないのです。

ただ、高校時代から俊足強肩の好遊撃手であった事は間違いありません。

荒木選手の高校時代の恩師である、山口俊介元監督はこう語っています。

荒木は走る姿の美しさが印象的だった。身長が180㎝近くある大型ショートだったが、とにかく一歩目の出足が鋭く、センターに抜けそうな打球に良く追いついていた。

ただ足が速い・肩が強いというだけでなく、観察力や判断力がある。将来が期待できる、プロになる可能性のある子だな、と思いました。

やはり荒木選手は、高校時代から突出した選手だったようです(*^^*)

■高校の通算記録

荒木選手の高校時代の成績が残っていないので、出身校である熊本工業高校についてお話します。

熊本工業高校は、春夏通算41回の甲子園出場を誇る名門校です。

しかし、意外にも優勝経験はありません。

熊工のOBと言えば、現役時代に「打撃の神様」と呼ばれた川上哲司さんや、「求道者」と呼ばれていた元広島の前田智則さんなど、スター選手ばかり。

ちなみに、お2人とも荒木選手と同じく2000本安打を達成しています。

これまで、日米通算を含めて2000本安打の達成者は50人以上います。

彼らの出身校を調べたところ、3人を輩出した熊本工業は2位で、公立高校としてはトップだそうです。

■高校時代、甲子園での不運なエピソード

高校時代、主将としてもチームを引っ張っていた荒木雅博選手。

そんな荒木選手ですが、甲子園に関する不運なエピソードがあります。

大会前に小指を骨折し、選手としてではなくコーチとして甲子園に出場することになってしまったそうです。

また、2年生の冬にも悔しい思いをしています。

高校生内野手のライバルであった福留孝介と澤井良輔は全日本高校選抜チームに選ばれたのに、荒木選手は選ばれませんでした。

高校時代のそうした悔しさが、プロでの成長のバネになったのかもしれません。

■まとめ

荒木選手の母校である熊本工業高校は、甲子園で数々の名試合を残しています。

中でも、1996年に行われた夏の甲子園決勝戦は高校野球ファンなら誰もが忘れられない名シーンとなりました。

相手は愛媛代表・松山商業。

同点で迎えた延長10回裏、松山商業が満塁策をとり、1死満塁と熊本工業チャンスの場面です。

その時、直前にライトに代わって入ったばかりの矢野選手の元に大きなフライが上がります。

誰もがサヨナラだと思った瞬間、奇跡のバックホームを見せピンチを救います。

その後の11回表は、奇跡のバックホームを生んだ矢野選手からの攻撃でした。

勢いに乗った矢野選手は2塁打を打ち、そのまま3点をとって試合終了。

実は、そんな劇的な試合を戦った当時のメンバーが、2016年11月26日に熊本市の藤崎台県営球場で再戦を果たしていました。

その試合は、地震で大きな被害を受けた熊本を盛り上げようと企画されたもの。

熊本工業の先発メンバーは、8人が20年前と同じです。

再戦でも試合はもつれ、結果は9-8で熊本工業の勝利。

見事リベンジを果たし、集まった500人以上の観客も大いに沸きました。

改めて、野球とは人を繋ぎ、元気にさせてくれるスポーツなのだと感動させられました(*^^*)