長嶋一茂~高校・大学・プロ時代の成績と年俸の推移…現在の年収は?

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スーパースターの二世としてあまりにも有名な長嶋一茂さん。

しかし、自身もかつては素晴らしい素質を持ったアスリートであり、ドラフト1位で指名されるほどのプロ野球選手でした。

今回はそんな一茂さんの高校、大学、プロ時代の成績と年俸の推移をご紹介します。

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◆高校から本格的に野球の道へ

長嶋一茂さんは、立教高等学校(現:立教新座高等学校)の出身。

小学校で野球を辞めた一茂さんは、中学時代はボールをまったく触っていませんでした。

しかし、中学3年生の時に父・長嶋監督の解任事件が起こると、

“俺があいつら(巨人軍)を見返してやる…”

と、高校では野球部に入部。

当初はブランクのため苦労し、練習試合をすれば、

“ナガシマの息子のくせに下手だな”

などと野次られましたが、2年生の秋には「4番ファースト」を任されるまで成長しました。

“親の七光り” と思われがちですが、練習試合の打率は3割を超えており、4番の座は自らの力で手に入れたものです。

◆高校時代の成績は?

長嶋一茂さんの高校時代の通算成績は残っていませんが、3年生夏の埼玉県予選の成績が記録されています。

1回戦〇(7月19日)幸手商戦…8対0(一茂さん:4打数2安打)
2回戦〇(7月22日)慶応志木戦(4打数2安打)
3回戦〇(7月24日)所沢高戦(二塁打・三塁打)
4回戦〇(7月25日)熊谷西戦(2安打)
5回戦〇(7月27日)春日部共栄戦(無安打)
準決勝●(7月29日)所沢商戦(4打数2安打)

チームは準決勝で惜しくも敗れましたが、一茂さんは予選大会で10安打の大活躍でした!

しかし実は、準決勝延長十回でサヨナラ負けを喫したのは、一茂さんのエラーが原因だったそうです(>_<)

エラーも全力プレーなら仕方ないのですが、

“守備はテキトーにやっていた…”

という日頃の態度もあり、一茂さんを励ましてくれるチームメートは誰もいなかったのだとか(^_^;)

◆高校時代の本塁打数は?

後年『羽鳥慎一モーニングショー』で、長嶋一茂さんの高校時代の本塁打数が話題になったことがあります。

番組スタッフがどんなに調べても、高校時代の本塁打数が出てこなかったのだとか。

そこで、MCの羽鳥慎一アナが、直接、一茂さんに尋ねたところ、

“オレね、公式戦では打ってないかも。練習試合では打ったよ?でも公式戦では打ってないかもしれない”

と告白。

そりゃあ、出てこないはずですよね(~_~;)

ちなみに、立教高校(現:立教新座高校)の現在の偏差値は「72」。

桐蔭学園高校にも合格していましたが、桐蔭学園も「65」です。

現役引退後は「おバカキャラ」で売っていた一茂さんですが、学業の成績は優秀だったのでしょうね。

◆大学時代の成績

長嶋一茂さんの立教大学時代の成績は、正確に残されています。

大学1年生時からレギュラーをつかんだ一茂さんは、東京六大学リーグ通算で、

101試合出場
382打数 86安打
打率 .225
本塁打数 11本
打点 54打点

という成績を残しました。

4年生で迎えた1987年の春季リーグでは、四番で主将として打率.340を打ち、満票でベストナインに選出。

同年の秋季リーグでは、4本塁打16打点を叩き出し、秋季リーグ打点王および二期連続ベストナインに選出されています。

また、大学時代には日本代表にも選ばれたこともあります。

◆大学時代の一茂伝説

ここで、大学時代の一茂伝説を2つ。

1つはケツバット事件。

六大学の名門とは言え、立教大の監督や先輩は、

“父親に比べたら大したことはない”

という存在でした。

そういう態度だったため「生意気だ」と先輩からケツバットを入れられたことも。

しかし一茂さんはインパクトの瞬間“グッ”と尻を突き出して、バットをケツの筋肉でへし折ったと言います。

スーパースターの息子となると、ケツの筋肉も凄いんですね(^_^;)

もう一つは、大学時代、英語の授業で“THE”を“テヘ”と読んだというもの。

テレビでこのことを暴露された一茂さんは、

“だって“テヘ”とも読めるじゃん!”

とあっけらかんな様子。

あれ?学業の成績は優秀だったはずでは…

そういえば、別の番組で海外要人の子供のコネ入学がとり上げられたとき、

“オレも1年のとき学校2回しか行ってない。コネとか言われるとオレのこと言われている気がして”

と爆弾発言。

この時はMCの羽鳥慎一さんが、

“そのことはまた後で伺いますから”

と、サラリと流していました。

◆プロ時代の成績と年俸の推移

長嶋一茂さんのプロ時代の成績と年俸は、次の表をご覧ください。

年度 所属球団 打数 安打 打率 年俸
(万円)
1988 ヤクルト 187 38 .203 840
1989 ヤクルト 156 39 .250 840
1990 ヤクルト 54 9 .167 900
1991 ヤクルト 149 33 .221 840
1992 ヤクルト 1,200
1993 巨人 134 29 .216 1,200
1994 巨人 29 5 .172 1,680
1995 巨人 1,680
1996 巨人 56 8 .143 1,440
 通算 765 161 .210 10,620

※年俸は出来高のぞく

1992年は米マイナーリーグへ野球留学、1995年は右ひじの故障のため、一軍出場はありません。

通算すると、161安打で1億620万円なので、ヒット1本につき65万円ですね。

ホームランは通算で18本打っています。

ちなみにミスターの通算成績は2471安打で、生涯年俸は約4億円。

ヒット1本につき16万円なので、驚くべきコストパフォーマンスです。

そもそも、ミスターの最高年俸は4,920万円と言いますから、現在と事情が異なるとはいえ、低すぎますよね(^_^;)

◆現在の年収は?

現役を引退した長嶋一茂さんがタレントに転身したきっかけは、明石家さんまさん。

さんまさんから、

“辞めたら俺がやってる番組全部来いや”

と言われていた一茂さんは、その言葉通り、さんまさんのすべてのレギュラー番組で出演オファーを受けました。

独特なコメントでたちまち人気者になった一茂さんは、後に当時の年収を語っています。

“俺は野球やっている時は、最後が1800万(円)だったんです。で、芸能界入ってもう億超えちゃったから、1年目で”

なんとプロ生活9年間の年俸総額を1年で稼いでしまった訳です。

こうなると売れっ子となった現在(2019年)の年収が気になるところですが、さすがにオープンにされていません。

2019年1月22日の日刊大衆の記事では、

“(年収は)3億円はくだらないだろう”

と書かれています。

年収7億円とされる羽鳥慎一アナが、一茂さんと一緒に食事をしたときに、

“なんで、そんなにお金持ちなんですか?どうしたら、もっと増やせるんですか?”

と質問していたという話も。

一茂さんの現在の年収は、羽鳥さんの7億円を超えているのかもしれませんね。

◆まとめ

という訳で今回は、長嶋一茂さんの各時代の成績と、年俸・年収について検証して参りました。

スーパースターの息子という事で、色メガネで見られる一茂さんですが、自身の成績も立派なものだと思います。

学業の成績はナゾですが…(^_^;)

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