木下雄介の『家族』~元水泳選手妻との間に子供が2人…父を交通事故で亡くす

2021年8月3日、中日ドラゴンズに所属する木下雄介投手が亡くなりました。

今回は、生前の木下さんを支えた『家族』をご紹介し、在りし日の故人を偲びたいと思います。

【プロフィール】
名前:木下雄介(きのした・ゆうすけ)
生年月日:1993年〈平成5年〉10月10日
没年月日:2021年〈令和3年〉8月3日
身長/体重:183cm/80kg
出身地:大阪府大阪市
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◆生い立ち

木下雄介さんは、大阪府大阪市平野区の出身。

大阪市立加美中学校時代は、ボーイズリーグの加美ウイングスボーイズ(現:大阪加美ボーイズ)でプレーしました。

高校は、徳島県の生光(せいこう)学園高等学校に越境進学。

3年生時、夏の甲子園徳島大会で決勝まで進みますが、徳島県立徳島商業高等学校に敗れ、甲子園の夢は叶いませんでした。

3年夏には、高校野球四国選抜チームに選ばれ、ハワイ遠征に参加しています。

翌年、駒澤大学に進学しますが、肩を故障して1年で中退。

大阪でアルバイト生活を送り、フィットネスジムのトレーナーを経て、2014年からは不動産会社で営業の仕事に就いていました。

営業1年生として忙しい日々を送っていた2014年10月。

木下さんはSNSに上がった写真を見て驚きます。

3年前、一緒にハワイへ遠征した増田大輝選手が四国リーグ・徳島インディゴソックスでプレーしていたのです。

増田さんも近大を中退し、地元・徳島に戻っていました。

二塁手のレギュラーとして、独立リーグ日本一を達成したという活躍に刺激を受け、木下さんは再びボールを握ることを決意。

2015年の開幕を控えた3月、練習生として徳島インディゴソックスに入団したのでした。

◆家族構成

木下雄介さんの実家の家族構成は、父親、母親、兄がいるところまでは判明しています。

自身はプロ入り前に結婚しており、妻と2人の子供がいます。

◆交通事故で父親を亡くす

木下雄介さんの父親の名前は、木下隆(きのした・たかし)さん。[1]

雄介さんが、

野球をもう一度やる

と言った時、一番喜んでくれたのは父・隆さんでした。

しかし、2019年7月、隆さんは帰らぬ人となります。

地元大阪で、交通事故に巻き込まれたのです。

58歳の早すぎる旅立ちでした。

◆母親の言葉

父の訃報をナゴヤ球場で聞いた木下雄介さん。

チームからはすぐに実家へ戻るよう促されますが、

父親は“どんな時でも仕事を休むな”が口癖で、40度の熱があっても仕事に行っていた

と思い出し、公式戦での登板を終えてから大阪へ向かいました。

次の日、お通夜に屈強なスーツ姿の人が10人以上現れます。

試合を終えたばかりの、ドラゴンズに仲間たちでした。

母親は、

あなたは、ドラゴンズの皆さんに救われているのね

と、その瞬間だけ笑顔になりました。

プロの世界。ライバルと群れる必要もない

こう考えていた雄介さんでしたが、母親の言葉で仲間の大切さを再認識しています。

◆兄弟

木下雄介さんにはお兄さんがいて、名前は木下隆介(きのした・りゅうすけ)さんと言います。[2]

◆元水泳選手の妻

木下雄介さんは、プロ入り前に結婚しています。

奥様の名前は、木下茜(きのした・あかね)さん。[3]

年齢は、雄介さんより2歳年上になります。

2人の馴れ初めは、雄介さんが野球を辞めて、アルバイトをしていたころ。

同じフィットネスジムで働くうちに、交際に発展しました。

実は茜さんは元水泳選手🏊‍♀️

高校までは水泳の強豪で鳴らしましたが、タイムが伸びず引退しています。

同じような境遇にあった2人が、惹かれ合うようになるのに、時間は必要ありませんでした。

◆子供

木下雄介さんには2人の子供がいます。

第一子は女の子で、名前は叶望かの)ちゃん。

2016年12月に生まれています。

第二子は男の子で、名前は志厳(じげん)くん。

2018年11月生まれとなります。

◆まとめ

これまで見てきた通り、木下雄介さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。

これからは空の上から、子供たちの成長を見守ってくれることでしょう。

ご冥福をお祈り申し上げます。

◇脚注

  1. 日刊スポーツ 2019年7月23日 中日木下雄介の父隆さんが交通事故で死去、58歳
  2. スポーツ報知 2019年7月23日 【中日】木下雄介の父事故死…悲しみ耐えて2軍戦登板1回0封
  3. 中日スポーツ 2016年12月12日 木下雄、愛娘のために

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