佐々木朗希の『家族』~父親を震災で失い、母と兄と弟と歩む白球の道

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「令和の怪物」こと、大船渡高校の佐々木朗希投手。

今回は、そんな佐々木投手の父親母親兄弟にスポットを当て、ご紹介します。

【本人プロフィール】
名前:佐々木朗希(ささき・ろうき)
生年月日:2001年11月3日
年齢:17歳(2019年8月現在)
身長/体重:190cm/86kg
血液型:

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◆父親を震災で失う

佐々木朗希投手の父親の名前は、佐々木功太さん。

いつもニコニコと朗らかで、子供たちを愛し、愛された功太さんでしたが、37歳の若さで亡くなっています。

父・功太さんを襲ったのは、2011年の東日本大震災による津波でした。

津波で行方不明になった功太さんは、5日後の3月16日に変わり果てた姿で発見されます。

「見つかりました」という電話に、当時小学校3年生だった佐々木投手は、

「見つかった!?」

と目を見開きました。

しかし、言葉の意味を知った佐々木少年は、ショックでしばらく家族とも会話ができなかったそうです。

身長181cmだったという父・功太さん。

佐々木投手は、いつの間にか父を超えた190cmの背筋を伸ばし、父たちの写真に

「行ってきます」

と声をかけ、元気に学校へ向かっています。

◆支えてくれた母

佐々木朗希投手の母親の名前は、佐々木陽子さん。

年齢は、今年(2019年)で46歳になります。

190cmと高身長の佐々木投手ですが、これには母・陽子さんの教育方針が関係しています。

スポーツでも何をするにも有利になるかと思って

との思いから、子供たちには午後9時就寝をうながしたのです。

特に佐々木投手は、母の想像以上に成長ホルモンを活性化させたみたですね(^^)v

父・功太さんを失い、女手一つで3人の息子を育てた苦労は、想像を絶するものがあったことでしょう。

それでも陽子さんは懸命に働きながら、子供たちが野球を頑張る姿に励まされました。

息子の仲間たちが、父親にビデオカメラを回してもらう姿に寂しさを感じたこともあります。

それでも陽子さんは、野球の応援に駆けつけました。

それは、父・功太さんの分まで、子供たちの姿を脳裏に焼き付けるためだったのでした。

甲子園の夢が破れた佐々木投手にかける言葉は、

「髪、伸ばして…かな」

と笑う陽子さん。

朗らかで冗談が好きだった父・功太さんも、きっと同じように声をかけることでしょう。

◆父親代わりの兄/Facebook画像

①父親代わりの兄

佐々木朗希投手にはお兄さんがいて、名前は佐々木琉希(ささき・りゅうき)さん。

年齢は佐々木投手より3歳年上で、現在(2019年8月)20歳です。

佐々木投手と同じ大船渡高校野球部で左翼手や遊撃手を務め、4番を打ったこともある兄・琉希さん。

現在は、返済不要の奨学金を活用し、東北学院大学で防災などを学んでいます。

実は父・功太さんは、琉希さんに対して厳しかったと言います。

父親を失った後、兄・琉希さんは、父親に代わり佐々木投手に厳しく接しました。

佐々木投手の負けん気の強さを知っていた琉希さんは、

『お前レベルの選手は大勢いる』

とあえて突き放し、奮起した佐々木投手は猛練習に励みました。

現在の佐々木投手があるのは、兄・琉希さんのおかげなのかもしれません。

②兄のFacebook画像

実は、佐々木朗希投手の名付けには、兄・琉希さんが関わっています。

琉希さんは幼いころ『百獣戦隊ガオレンジャー』というヒーロー戦隊ものが大好きでした。

そして、ガオレンジャーには「狼鬼(ロウキ)」という名前の敵キャラが登場。

「狼鬼(ロウキ)」は強敵ながらも、ガオホワイトを助けたり、野良犬を可愛がったりと憎めないキャラクターでした。

弟が誕生したとき、琉希さんは「(名前は)ロウキがいい」と希望し、母・陽子さんも

悪役だけどかっこいいし、響きもいい

と同意。

こういう経緯で名付けられた「ロウキ」という名前。

岩手県大会に出場する高校球児1144人中、佐々木姓は最大勢力の63人でしたが、「ロウキ」という名前は1人だけでした。

これを聞いた母・陽子さんは「よしっ!」とガッツポーズ。

名付け親?のお兄さんも喜んでいることでしょう。

東海新報のFacebookに、琉希さんの画像がありました。

優しそうなお兄さんですね(*^_^*)

◆弟も野球選手

佐々木朗希投手には弟もいて、名前は佐々木怜希さん。

怜希さんも野球選手で、2017年には大船渡市の猪川野球クラブでプレイしていました。

向かって右側のメガネをかけた選手が、怜希さんみたいですね。

将来が楽しみです(^_-)

◆祖父母も津波で…

佐々木朗希投手の祖父の名前は功さん、祖母は勝子さん。

お二人とも津波の被害にあい、勝子さんは亡くなりました。

祖父・功さんは、いまだに行方不明のままです。

◆まとめ

これまで見てきたとおり、佐々木朗希投手の活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。

これからも家族の応援を胸に、佐々木投手の挑戦は続いていきます(^o^)丿

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